いらないものもいるんだぜ
最近つくづく思うんだが、強者による支配自体が、生物のもって
生まれた性質なのかもしれないと。
だが、強者による一方的な支配はそれ自体が集団の力を弱め、
ついには強者自体も弱まってしまう。
例えば遺伝的多様性がそうだ。
あるモテまくりの男がいたとして、あちこちに女作りまくって子供
作りまくったとする。
その子供たちはモテる遺伝子もってるので、ますます子孫は増殖する。
ところがだ。
もしこのモテ一族がある病気に弱いならどうなるか。
…慢る平家は久しからず。
壇ノ浦で滅亡とあいなるわけだ。
似たようなことは人間自体にも言えるかもしれない。
わずか数百年で人口は数十倍に膨れ上がった。
さまざまな病気もなんのそので遺伝子増やしまくった。
確かに病気などに対してもさまざまな手段を有する人類は、
そんな簡単に始末されたりはしないだろう。しかしだ。
ぶっちゃけ空気感染するHIVでも出現したら大変な事態になるだろう。
実際にはそんなところだ。
遺伝的に似通った集団はやっぱ弱いんだ。
人間がそれでも、何だかんだいってほかの生物に対して有利なのは
知恵のおかげだ。
いろんなこと考えられる頭があるのだから、そいつがいろいろな
役立つことやそうでないことを生む。
ところがこの役立たないことってのが厄介で、時に役に立つこともある。
下手したらすごく大事だったりする。
一番良い例がいわゆる基礎研究だ。
現時点では何の役にたつかわからないが、役にたたないと言い切れる
もんじゃない。あんまり基礎研究なくしたら、よその国が先に持って
いったり、技術の進歩がとまったりする。
基礎研究と応用研究は車の両輪なんだから、片側だけではまともに動けない。
数学や哲学なんかは究極の基礎研究なわけで、そこ止めたらどうなるか
想像するだけで背中に冷たい汁がたれる。
それらを記述したり語ったりする言語も当然大事だし、現在に至る
歴史を軽んじたものには、かならずと言って良いくらい歴史は繰り返す、
という格言が襲い掛かってくる。
そういうこと理解させるためにも教育はすごく大事だ。
教育が十分な国が豊かになるかどうかはわからないが、教育が
不十分な国に豊かな国はない。
ただ、今までの発言と逆になるが、この意見が完全かつ絶対のものじゃない。
思想自体にも多様性は必要なのだ。
特定の思想で凝り固まるのは、その思想自体の善し悪しにかかわらず
弱体化を招く。思想も生きものみたいなものと考えたら当然の結果で、
だからこそ思想によっては絶滅していった。
科学と言う思想が繁栄してきたのはそこらへんにあるのよ。
とりあえずつらつら書いたけど、あんまいい男いい女ばっかり
見ないほうがいい場合もあるよというのがベタなまとめでございます。
タマには非モテの方にも目を向けると幸せがくるかもしれない。
のでこっち見てくださいおねがいします。